ハフポスト日本版より転載
地方から世界へ。
バーバー向けECサイト「Barber & apparel 中村商店」の成功の裏側を聞いた。
円安が追い風となり、再び脚光を浴びる越境EC市場。中小企業にとっては、グローバル化を推し進めるチャンスでもある。
岡山県で理髪店を営む中村浩茂さんが立ち上げた、バーバー向けオンラインショップ「Barber & apparel 中村商店」も、地方発の越境ECショップの一つだ。
地方から世界へ、スモールビジネスをグローバル市場で成功させる秘訣を中村さんに聞いた。
中村浩茂さん:理容師、「Barber & apparel 中村商店」代表
自由気ままに生きる「床屋のおじさん」に憧れた。
―これまでの経歴を教えてください。
2004年に岡山県岡山市内で理髪店を開業しました。その後、14年にバーバー向けにカッティングケープ(※)を販売する「Barber & apparel 中村商店」をローンチ。今は理容師とECショップ店主として、二足の草鞋を履いているかたちです。
※ヘアカットをする際に洋服が汚れないように首から下に掛けるクロス
―なぜ理容師を目指されたんでしょう?
建前の理由としては「手先が器用だった」から(笑)。本音としては、「簡単そうだな」と感じたからです。
―というと?
10代だった頃、世の中にいる床屋のおじさん達は、自由気ままに生きているって感じたんです。
通学路に床屋さんが何軒か並んでいたんですが、そこのおじさん達を見ていると、朝は座席に座って新聞を読んでいる。夕方は口を開けて寝ているか、もしくは鏡の間にあるテレビを見ている。
私の印象としては、仕事をしている様子がほとんどなかった。だから、その自由さを見て「すごくいいな」と思ったんです。それが素直なきっかけですね。
―実際に「床屋のおじさん」になってみて、印象は変わりました?
理容業界は個人事業主が9割以上を占めているような業界。だから、本当にみんな思い思いに好き勝手に生きていて……。改めて思うと、あながち見当違いではなかったのかな(笑)。それに、10代の私が憧れた姿にどんどん近づいている実感もありますね。
中村商店の店内
理髪店は、友達が遊びにくる部屋。そこに調和するケープをつくりたかった。
―「Barber & apparel 中村商店」を立ち上げた理由は?
10年ほど遡るんですが、SNSで理髪店のPRを始めて。その写真を撮るとき、真っ白な化学繊維のケープを使っていたんですが、それをお客様に着けて撮影すると、画面の大半が白いケープになってしまった。それで「格好よくないな」と思ったんです。
―きっかけは、SNSでのブランディングだった?
はい。ただ「理容」と「美容」だとニュアンスが違って。たとえば美容師さんがつくるヘアスタイルの場合、主役はお客様なのでケープが真っ白でも、むしろヘアスタイルが際立っていいんです。
だけど男性が好んで行くような理髪店は、その場の空気感や、店主のゆるさ、過ごしている環境そのものが丸ごとパッケージになってブランドを形成している。だから、それらを反映したケープが必要なんじゃないかと感じたわけです。
オーストラリア・シドニーのバーバー「JOJI’S BARBERSHOP」。使われている商品は「ASA」。
―なるほど。だから、インテリア込みでケープにこだわるんですね。
そうです。やはり、独自のセンスで全体を調和させていくことが大切です。
床屋さんってこだわりが強くて、良い意味で「社会不適合者」のような人が多いと思っています。私が憧れたおじさんも釣りばかりしていたり、仕事そっちのけでソフトボールのコーチに夢中になっていたり……とにかく趣味に生きる人達だった。もともと独自のセンスを持っている人が理髪店をやっているんですね。
そうした各々のこだわりをギュッと凝縮した店が、まるで部屋のようになっているんです。理髪店は「お客様を迎える場所」というより、いわば「友達が遊びにくる、できすぎた部屋」。だからこそ、そこに白いケープは似合わない。そう思って、プリントを施したケープをつくりました。
中村浩茂さん
―ユニークなプリントのケープが多いですが、中村さんがデザインしているんですか?
デザインは妻がしているんです。彼女が立ち上げてくれるデザインに、私がコンテクストを加え、ストーリーを組み立てています。そのデザインを使っているシーンが見えるものを商品化していくイメージですね。
ケープのデザインをする中村さんの妻・KEIKOさん
私はサイケなものが好きで、最近流行っているグリッチもわりと好きなんです。グリッチとは、意図的にカオスや不規則性をつくるデザイン手法のこと。そうした「既存の形が崩れている様」や「形式ばったものを壊す」みたいな表現が好きで。
たとえば「WTF」という商品は、トラディショナルな浮世絵にドットを重ねることで、現代的なデザインにアップデートしているんです。
「WTF」:江戸時代の浮世絵師・歌川広景の作品には、床屋が客の頭髪を切りすぎてしまったという、思わず笑みがこぼれる一コマを描いた作品がある。そこからヒントを得て商品化したという
動機はどうあれ、とにかくやってみる。
―中村商店はいわゆる越境ECですが、いつから海外にビジネスを拡大したんですか?
意図的に海外展開したわけではないんです。たとえば、最初のお客様の中に海外のバイヤーさんがいました。
―え、そうなんですか!
はい(笑)。
初めてリリースした赤いタータンチェックのケープをFacebookに投稿したら、ニューヨーク発のメンズクロージングショップ/バーバーの「FREEMANS SPORTING CLUB」のバイヤーさんがDMをくれて。「このケープすごくかわいいから欲しいんだけど、送れますか?」と。それが2014年のこと。
そこから「FREEMANS SPORTING CLUB」のSNS投稿を見た、同じニューヨーク市内の理髪店が問い合わせをくれて。当時はウェブストアが整備されていなかったので、地道にDMでやり取りをしました。
そうしてニューヨークからカリフォルニア、国内へと徐々に口コミが広がっていった感じです。今ではヨーロッパやアジアの理髪店からも注文を受けています。
―SNSで拡散されたんですね。すごく今っぽい。
最初の1、2年は、ほぼニューヨークとカリフォルニアのお客様でしたね。だからウェブサイトも、今でこそ多言語対応ですが、最初は英語だけでした。写真を多用して、テキストは短いセンテンスの英文を入れて。そんな感じで海外のお客様向けに工夫していました。
―ECサイトをつくろうと思った際に、何を大切にしましたか?
ウェブストアをつくるうえで、土台となるのが「ショッピングカート」と「決済」。いずれも海外向けに、グローバル基準を意識しました。私の場合は、まず決済サービスを決めて、それに合うウェブサイト作成ツールを選びました。
具体的にはペイパルとWixを使っています。前者は世界的にみてユーザー数が圧倒的に多いですし、セキュリティが堅くて信頼できる。後者はペイパルと相性が良くて。とにかく、このコンビが最強。これに勝るものは今のところ見当たらないですね。
中村商店のウェブサイト
運営側としては、ペイパルの入金サイクルの早さもありがたい。たとえば、午前中にペイパルのアカウントに入っているお金を引き出すと、数日以内には自分の銀行口座に着金している(※)。私のような個人事業主としては、銀行とほぼ遜色ないタイムラグで使えるのは大きい。また、カスタマーサービスも丁寧で気に入っています。
※アカウントに制限がない場合
そうした使い勝手の良さもあって、現在はウェブストアの決済をペイパルに一本化しているんです。それと、2014年にレジスターを置かない理髪店をつくったのですが、その決済にもペイパルを使っていて。1年分の散髪代金を、年始にまとめて決済いただくようにしています。今っぽくいうとサブスクリプションサービスですね。
―最後に、越境ECビジネスを始めるために、重要なことは何だと思いますか?
今だと円安が追い風になる可能性もありますし、周りが事業を始めている安心感もあるかもしれません。動機はどうあれ、とにかくやってみる。そんなチャレンジ精神を持つことが重要だと思います。
一方で、挑戦には失敗がつきもの。私も大小さまざまな壁にぶつかっては、乗り越えてきました。壁に当たるのは痛いし、時には心が折れそうになるかもしれません。だけど、その経験はスカスカではなく、必ず手応えがあるはず。だから、それをヒントに改善する。その繰り返しがビジネスの精度を高めてくれると思います。
「Barber & apparel 中村商店」の情報はこちら。
ペイパルの情報はこちら。
取材・文:midori ohashi