創業200年超の老舗食品企業が、D2Cで挑む未来
ピーター・ケネバン×高橋宏祐氏(Mizkan Holdings 兼 ZENB JAPAN執行役員 最高ダイレクト戦略責任者)
「パートナー企業と語る日本のECの未来」では、ペイパル日本事業統括責任者ピーター・ケネバンが、日本企業のキーパーソンと対談し、将来の夢や展望を伺いながら、日本のEコマースの明るい未来について語り合います。
第1回は「素材のおいしさと栄養をまるごとぜんぶ使う新しい食」を提案するMizkanグループのD2Cブランド「ZENB(ゼンブ)」のデジタル戦略を一手に引き受けられている、高橋宏祐さんにご登場いただきました。
江戸時代の創業者の思いを令和、そして未来へと引き継ぐ
215周年の節目に生まれた新ブランド
高橋氏 Mizkanグループは、日本有数のお酢のメーカーです。江戸時代後期、大衆の間では「すし」が流行っていましたが、握りすしに欠かせない調味料の酢は当初、高価な米酢しかありませんでした。そこで日本酒を製造した後に出る「酒かす」を主原料に酢を作れないか、と創業者が発案し、江戸に酢を普及させたのが当社の始まりです。
時は流れ、2018年に当社は創業215周年を迎えました。その節目の年に、10年先に向けた次の発想に取り組もう、と世に出したのが「未来ビジョン宣言」です。このポリシーを具現化する形で「ZENB(ゼンブ)」が生まれました。
ケネバン 僕は以前からMizkanさんとは個人的にお付き合いがあり、ZENBの初めての新商品発表会に参加させていただきました。
とにかく「おいしい!」と、すぐにZENBのファンになりました。低糖質やグルテンフリーなどの健康面での機能にも惹かれましたが、シリアルバーやピーナッツバターを思わせるペーストはベーグルにもぴったりで、その味の完成度の高さにとても驚いたことは忘れられません。
高橋氏 ありがとうございます。商品の味にはどれも自信を持っていますし、豆100%のヌードルやラーメン、豆とオリーブオイル、塩だけでできたチップスなど、ZENBには、ダイエットや体づくりに取り組む方に魅力的なものが揃っています。
しかし糖質オフやグルテンフリーという特徴は、ZENBブランドのごく一部の要素にしかすぎません。ZENBは文字通り、食材の皮や芯など今まで捨てられてきた部分を含め“丸ごと全部を使って作る”がコンセプトです。
「フードロスを出さない」「捨てない」など、人や環境への負荷をかけず、「おいしさ」と「カラダにいい」をともに叶える、新しい食生活の実現を目指しています。その想いは弊社の創業時からの歴史にも重なっています。
日本型D2Cの新しい成功モデルへ
ケネバン 日本古来の「もったいない」精神も生かし、また、豊かな自然に恵まれた日本ならではの食のブランドがZENBですね。SDGsを遵守したサステナブルな企業活動はもはや当然ですが、早々にビジネスとして体現し、成功されている。
商品コンセプトも素晴らしいですが、日本の食品企業で、ZENBのように最初からD2Cで勝負されるケースは珍しいですよね。まさに日本型D2Cの先駆者です。
ちなみにデジタルを主戦場にされているZENBでは、どのようにPRをしているのですか?
高橋氏 やはりSNSなどの口コミは重視しています。それにインフルエンサーといいますか、皆さんがご存知の俳優さん達でもZENBを愛用されている方は結構いらっしゃいます。そうした方々の影響力も大きいです。社内でよく聞くのは、宝塚歌劇団の団員の皆さんたち。公演期間中、コロナ禍で外食が難しい時期に差し入れなどで召し上がってくださったようです。
ケネバン 宝塚!日本の伝統的インフルエンサーともいえる方々ですね。インフルエンサーの評価がさらに口コミを広げてといった形で、ZENBのファン層が広がっているんですね。
「変化を味方に」した4年間の歩み
人類未曾有のコロナ禍を経て、紆余曲折を乗り越えた
ケネバン さて、ZENBは2019年の創業以降、順調にビジネスを広げられていますね。
高橋氏 コロナ禍も挟みながらでしたが、創業から4年間でそれなりの成果を出すことができました。
シリーズの最大の功労者はパスタ(「ZENBヌードル」)です。2023年の現在まででZENBシリーズの累計販売数は1800万食に達しました。またAmazonランキングでは第1位(※1)、 WEBメディア『FYTTE(フィッテ)』(※2)の2021年度「ダイエット&ヘルス大賞」で第1位を獲得しました。
弊社が2023年3月に行った購入者アンケートでも、「今まで食べた糖質オフパスタの中でおいしさNO.1」という回答をいただいています。
※1 Amazon「麺類・パスタ」の売れ筋ランキングNo.1獲得日数が期間中最多(2023.2.25-3.3)
※2『FYTTE』。1989年創刊、「体も心も健康的で美しくありたい」と願う女性をターゲットに株式会社ワン・パブリッシングが運営するWEBメディア。
“今そこにあった” 「3つの危機」
ケネバン 3年間にも及んだコロナ禍でしたが、素晴らしい実績ですね。
高橋氏 ありがとうございます。ただ、すべてが上手くいってたわけではないんです。我々も危機というか、大きなターニングポイントが3つありました。
1つ目はコロナが起きてすぐのことでした。創業来、ずっと順調だった商品(シリアルバーとペースト)の売上が、コロナ報道から3日後に突然半減したのです。予兆もなくです。理由はしばらくわからず終いでした。
ケネバン それはさぞ驚かれたことでしょう。いったい何が原因だったのですか?
高橋氏 お客様の「モメンタム」の急激な変化だと考えています。コロナ禍が起きて、「ハレの日」という概念や、人々の従来の行動基準が変わりました。おしゃれをして食事するという日常のエンターテイメントだった、いわゆる外へ出かけるという場や感情が失われました。
しかし、ZENBはコロナ前までは「自宅での少しアッパーな、特別なシーンでの食事」というブランド設計をしていたのです。
ですが、コロナで自宅にもあった「ハレの場」が無くなり、この立ち位置が売上半減の要因となってしまった。これではいけないと、コンセプトを見直し「おいしいと健康はひとつになれる」として、日々の健康を目指す人を応援するブランドとして舵を切り直しました。すると徐々に売上は回復し、コロナ禍中でも売上を伸ばし続けることができました。
売上半減という事態が起きてから、コンセプトやコミュニケーションを約2週間で見直しました。分析で1週間、仮説立案で約1週間というスパンです。その後、もう1週間でPDCAを回して立て直しすることができました。
でも、実は商品自体は何も変わっていないのです。ブランドにとってコンセプトやコミュニケーションはやはり商売の要ですね。
ケネバン 実に興味深いエピソードですね。実際、顧客のモメンタムの変化にはどうやって気づいたのですか?
高橋氏 実は、これがD2Cの最大の強みだと思いますが、購入後のアンケートなのです。D2Cではデジタル上で顧客と直接対話することができる。アンケートもその一つ。本当にこのビジネスモデルを選んでよかったと思いました。
ケネバン なるほど。高橋さんには、データがお客様の声として聞こえているのですね。D2Cではリアルなデータを見ていきますが、それをどう読み解くのかというのもポイントのようです。あと2つのターニングポイントも伺わせてください。
高橋氏 2つ目は、売上がかなり好調だった「バイツ」という商品を、販売開始から約1年で、あえて終売に踏み切ったことです。
ケネバン 「バイツ」はシリアルバーを個別包装にした、お菓子感覚で食べられる機能性食品ですよね。こちらもZ世代やアメリカンな食が好きな人にはかなりウケそう。個人的にも好きな商品でした。どうして終売という意思決定をされたのですか?
高橋氏 「バイツ」は売れ行きはよかったのですが、お客様のNPS®️(ネットプロモータースコア、顧客満足度を計るアンケートの指数)を注意深く見ていたら、極端に商品自体に対する評価が低かったのです。悩んだ末「事業としては儲かるけれど、満足度が低い商品はお客様のためにならない」と判断し、販売を中止しました。
ケネバン NPS®をより深く洞察することで、「お客様のためになるかどうか」という企業としての正しい意思決定ができたのですね。かなり勇気のいる決断だったと思います。大変なストーリーですが、ビジネスに携わる者としては興味深いお話です。D2Cを自分達の味方にすることで、お客様目線のビジネス判断ができるというわけですね。では、3つ目のターニングポイントをお聞かせください。
高橋氏 3つ目は、一番の売れ筋商品だった「ヌードル」のパッケージ変更です。ヌードルのサブスクリプション解約が、ある時立て続けに起きまして。本当に突然、解約するお客様が続出したのです。
ケネバン それは大ごとでしたね。原因は何だったんですか?
高橋氏 これも本当に落とし穴だったのですが、パッケージの(ヌードルの)茹で分数の伝え方に問題があったのです。ヌードルは麺の太さが違う丸麺と細麺の2種類を販売しており、パッケージは、ブランド全体の世界観と統一感を重視したため、パッと見でどちらか見分けづらいものになっていました。丸麺と細麺は茹で時間が異なるのですが、パッケージが見分けづらいため、茹で時間を誤認して調理してしまうことが多く発生していたようです。結果、お客様は自覚せずに茹ですぎた状態で食べていたのです。当然そのヌードルはおいしくないので、サブスクリプションのお客様を落胆させてしまいました。
これも顧客分析をして「そういうことか」とはっと気づかされました。それからすぐにパッケージデザインを変更し、無事サブスクリプションは回復しました。
生きたビックデータが、ボトムアップで日々見られる利点
高橋氏 今振り返れば、データでお客様は正しい声を発してくれていたのです。しかし「売れているものを販売中止にする」「人気商品のパッケージデザイン変更」といった決断、しかも短期間で断行したのは長いMizkanグループの歴史でもレアケースでした。社内では強い抵抗もあり、当時は悩みましたが、それでもD2Cにより、声にならないお客様の声(データ)を信じて、決断してよかったと思っています。
ケネバン D2Cでは日々最新の顧客データを事細かくチェックできますが、データを味方にすることで、よりスピーディで柔軟な対応や経営判断が可能になるわけですね。D2C以前のビジネスではあり得なかったこと。D2Cは日々の商いを通じて、生きたマーケットリサーチができるということですね。
高橋氏 それは確かにありますね。通常のビジネスでは、経営陣にはタイムリーな生の顧客データは届きにくい。現場に「報告を上げて」と指示すると、どうしても担当者の視点や、バイアスがかかったレポートになります。
D2Cを導入することで一次情報、しかも月に数万件というビッグデータを、私や経営陣が直接目にできるのはすごいことですよね。これこそがD2Cの本領だと思っています。
しかも、今のお客様はブランドを育ててくれる視点を持っています。例えば、ZENBでは購入後に自動送信されるアンケートがあるのですが、インセンティブはないのに、感想や使用コメントを長文で送ってくださる方が本当に多い。
ちなみにZENBの決済手段はペイパル、クレジットカード、Pay決済がありますが、ペイパルを選ぶお客様は、決済トラブルが過去一度も起きていません。素晴らしい顧客層を持たれているなと感心しています。
ケネバン ありがとうございます。それは本当に嬉しいですね。
手前味噌ですが、ZENBは創業時からペイパルを導入してくださっていますが、実にペイパルの強みを有効に活用していただいていると思っていたんです。ペイパルはインターフェースがシンプルで使いやすく、決済がスムーズなのでサブスクリプション利用者にとっては大変便利なことが大きな強みだからです。
ZENBのブランド力とお客様とのエンゲージメント力は、ペイパルユーザーの価値観にもフィットしていると思います。
日本のD2Cの明るい未来
iPhone 同様、世の中全体を支えるプラットフォームに
ケネバン これまでZENBの成功の要因についてお伺いしてまいりました。ここからは、高橋さんにとってのD2Cについてお伺いしていきます。高橋さんはD2Cの未来をどのようにお考えになられていますか?
高橋氏 2023年の現時点では、D2Cは単なる決済手段の一つですが、近い将来、5年から10年後には、「D2Cは世の中のプラットフォームになる」と私は確信しています。
なぜ断言できるのかというと、iPhoneの例がわかりやすい。かつてiPhoneは電話、そして2000年代はじめも通信端末の一つだと思われていましたが、世界で広く普及するとともにさまざまなアプリが登場した。Instagramしかり、UberやGrabしかり、新しいビジネスが生まれ、iPhone自体が電話だけの役割はとうに超えて、インフラになっている。
D2Cも同様に、想像もできない進化を遂げるでしょう。若者にとって、花形業界や憧れの職種になるかもしれない。そういう意味で我々がやっていることは、ZENBというブランドはもちろん、Mizkanグループ全体にとって大きな資産を築いているのと同じです。
ケネバン とても共感します。今日伺った高橋さんのお話では、恐れずに大きな変革をどんどん試みていることに感銘を受けました。コンセプトやパッケージという大きなブランド資産でも、お客様とちょっと合わないとわかるとすぐに修正を加えて、お客様の声に応えながら、その結果、累積販売数1800万食などきちんと成果も出している。すごいことです。
食を超え、暮らしのあらゆる部分を担う存在を目指す
高橋氏 とはいえ、四半世紀の歴史を持つペイパルと比較すると、ZENBはまだまだ発展途上です。もっと成長し、事業を今の100倍、1000倍に伸ばさなくてはならない。
そのため、いろいろ考えていることはあります。D2Cが社会のインフラになるように、ZENBも食のブランドを超えて、日々の暮らしのあらゆる部分を担うような、社会にとって大きな存在となることを目指していきたいと思っています。
ケネバン ZENBは、D2Cビジネスの日本発の成功事例として、第一歩のみならず二歩も三歩も踏み出されている。ZENBに触発されて、他の日本企業も追随し、その輪は世界にも広がっていくことでしょう。今後どんな道筋を示していただけるのか、パートナーとして本当に楽しみです。
本日は貴重なお話をありがとうございました。