コマースとオンライン決済の未来
ペイパル エグゼクティブ・バイス・プレジデント兼チーフ・テクノロジー・オフィサー
スリ・シヴァナンダ (Sri Shivananda)
オンライン決済は、未来に向かって形を変え続けています。過去100年間において物事が大きく変容する場合には、モノが置き換えられたり、あるいは消滅したりしてきました。変容とは、多くの場合、何かを取り除くという概念に基づいています。つまり、何かがなくなることを表しているのです。
例を挙げましょう。コードレス電話とワイヤレス電話は、コードとワイヤーがないということから、その名前の一部が付けられました。そして電話をかける以外の機能も備わり、電話あるいは単に 「携帯」と呼ぶようになります。私たちは携帯電話を使って、写真を撮ったり、同僚と連絡を取ったり、買い物をしたり、支払いをしたりします。携帯は私たちのパーソナルアシスタントになりつつあり、コマースとオンライン決済への主な推進力となっています。
コマースや決済方法が進化するにつれ、私たちの生活、コミュニケーション、仕事、支払い方法のすべてが、モバイル機器、ビッグデータ、ハイパーパーソナライゼーション、周辺の環境など、諸々の進歩によって変わりつつあります。
ここでは、今後5年~10年後のコマースと決済方法がどのように進化していくのか、ペイパルの見解をご紹介します。
キャッシュレスへの道
1950年にはダイナース・クラブが最初のチャージカードを発行し、1958年にはアメリカン・エキスプレスによって、現在のクレジットカードが生まれました。現金や小切手帳を持ち歩かなくていいという便利さから、クレジットカード、デビットカード、ロイヤリティ・プログラム、ポイント、マイル、クーポンなどに対応したカードが誕生しました。
こうしたカードの登場は、キャッシュレス社会という概念として大きな話題となりました。
今や現金を伴わない取引は、32%※1のペースで成長しているアジアを筆頭に、かつてない速さで増えています。先進国の決済のうち60%以上がデジタル化され、スウェーデンでは2023年※2までに世界初のキャッシュレス社会になると期待されています。キャッシュレスへの移行は多くの人に受け入れられていますが、一部の国や都市では、キャッシュレスは銀行口座を持つことができない人々には排他的だと考えられており、企業に現金でのやり取りを義務付ける法律が制定されています。
そのような状況でどのようにしてオンライン決済を促進させるべきでしょうか? その答えはコマースにあると考えています。
コマースは、よりコンテクスト重視で、より会話的で、ボーダレスに
ひと昔前まで、ECやオンライン決済は課題に満ちていました。オンラインへの接続は限定的で、支払い手続きがうまく機能せず、物流に時間がかかり、不正を防止する事が困難でした。消費者は、自分たちが購入する製品やサービスを、コンピュータの向こう側にいる人たちが本当に提供してくれるかどうか半信半疑でした。オンラインにおけるECが信頼できるものかどうか懐疑的だったのです。
私たちはコマースの大きな変革を目の当たりにしてきました。1999年以前は店舗に足を運んでいましたが、今では店のほうが消費者へと歩みより、どこにいても買い物を楽しむことができます。1999年前後の数年間において、オンラインおよびモバイルにおけるコマースは急成長しました。サブスクリプションサービスの提供や、ソーシャルメディアやチャットボット、音声技術を利用した会話型のコマースなどの新しいサービスが出現しました。決済関連業界はこれらの変化と並行して変容を遂げ、消費者はいつでもどこでも商品やサービスへの支払いができるようになっていきました。オンライン決済は古い産業を壊して全く新しい経済を生み出し、私たちの働き方や生活を変えたのです。
今では、中小企業がインターネットを介して国外の消費者に商品を販売でき、消費者は通貨の種類を気にせずに世界中の無数の商品を手に取ることができるのです。
これは、信頼という1つの要素によって成り立っています。買い手にとっては、お金を払い商品を手に入れる、売り手にとっては商品の代金が支払われる、という信頼で成り立っています。しかし、信頼を得るためには消費者が安心しなければなりません。
安心感と信頼が同義語に
信頼の核心は、スムーズに行われる支払い体験にあり、データの安全かつ適切な使用が不可欠です。消費者は取引の全ての過程において、自分の個人データがどのように収集され、保存、そして共有されているかを知りたがっています。しかし、それらのデータを責任をもって活用し、可能性を最大限に発揮し使用するためには、法規制への順守、プライバシー保護、セキュリティなどの多くの課題をクリアしていく必要があります。顧客データは、強力なサイバーセキュリティ対策によって保護され、ますます巧妙になる詐欺やリスクに対抗する機能に支えられ、世界中の規制要件を満たす方法で守られるべきものです。これらすべての分野において、適切な管理体制を構築し、維持、更新することは、重要な課題であると同時に、ますます複雑化する決済環境において競争上の優位性をもたらすでしょう。
通貨のデジタル化がファイナンシャル・インクルージョン(金融包摂)への壁を取り除くきっかけに
コマースに大きな変革をもたらすには、まず顧客、マーチャント、パートナー、規制当局など、広く世間に受け入れられる必要があります。これは、暗号通貨と仮想通貨、そしてブロックチェーンの基盤技術といったものにも当てはまります。それら新しい技術はコマースと決済業界の中で、それぞれが独自の将来性を有しています。
例えば、ブロックチェーンは、信頼、個人情報、支払い、契約、保管に関して将来性があります。仮想通貨は、資金を管理・移動させる手段としてだけではなく、銀行口座がなくても金融のエコシステムへアクセスができます。暗号通貨は、まだ開発途上ではありますが、その匿名性と可能性は従来の金融インフラにはないアセットとして高く評価されています。
通貨のデジタル化は、いつ実現するのかということではなく、実現するのかどうかということが問題です。次の10年間で通貨はよりデジタル化され、フィンテックや政府、規制当局からの支援が増加するでしょう。デジタル通貨が消費者に受け入れられるためには、それが金融エコシステムに参加するための安心・安全で、便利な方法であると消費者に感じてもらうことが最も重要です。
アンビエント・エクスペリエンス(環境に溶け込んだ体験)は、コマースにおける無限の可能性
もしも、支払いという行為が、何かを消し去ることでかつてない変容を遂げるとするならば、支払うという行為そのものが消えゆくこととなるでしょう。買い物の意志と支払いは、2つの別々の行動ではなくなるのです。
コマースにおける次のフェーズでは、日々の生活において消費と支払いとの境界線はぼやけていくでしょう。マーチャントは決済プラットフォームと提携し、コマースを可能な限りスムーズなものとするでしょう。例えば、ライドシェアのサービスでは、いつ料金を支払うかということを考える必要はありません。
なぜなら、支払うという行為を消滅させてしまったために考える必要がなくなったからです。強固で安全かつ信頼できるエコシステムによって、支払いという行為を省くことが可能となったのです。
支払いという行為は、まるで空気のような存在となるでしょう。目には見えないながらも、需要に合わせて必ず存在するのです。